矯正治療における歯根吸収のリスクとは?その症状と治療法も解説
矯正治療の際、歯根が短くなる「歯根吸収」が起きることがあります。
もっとも、歯列矯正で重度の歯根吸収が起きることは、稀なケースではあります。ただし、歯根吸収のリスクや症状、治療法について理解しておくことはとても大切です。
この記事では、矯正治療と歯根吸収の関係性などについて解説します。
この記事を読むことで、矯正治療で起きてしまう歯根吸収の原因や症状、治療法などを理解でき、下記のような疑問や悩みを解決します。
こんな疑問を解消!
- 歯根吸収とはどのような現象か?
- 歯列矯正で歯根吸収が起きる確率やリスクの高い部位
- 歯列矯正で歯根吸収が起きる理由
- 歯根吸収の症状
- 歯根吸収の治療
目次
歯根吸収とは?
歯根吸収とは、「歯根硬組織の喪失」をひとまとめにした言葉ですが、多くの場合は歯根が正常な状態よりも短くなってしまうことを言います。
外傷などの原因により歯根吸収が起こると、歯根の内側から、または外側から吸収が生じていきます。
歯根吸収は、乳歯から永久歯への生え替わりのときにも起こる人体の自然な現象のひとつですが、起こり方や程度によって問題となることがあります。
歯列矯正と歯根吸収
歯列矯正と歯根吸収の関係性について、ご説明します。
どれくらいの確率で起きる?
歯根吸収が起きたとする線引きをどう設定するかや、どのような判定方法を用いるかで数字は大きく変わるため、統一的な見解はありませんが、ごく軽度のものが1歯でも認められたらという条件では複数の論文で80%程の出現率が報告されています。
起きやすい部位は?
歯列矯正に関連する歯根吸収は、起きやすい部位とそうでない部位があります。
基本的にはすべての歯に起こる可能性がありますが、特に上下の前歯部(中切歯+側切歯+犬歯の計6本)に起きやすいとされています。
どの程度起こる?
歯根吸収がどの程度起こるかについては、様々な調査や論文があります。
主に調査対象となる上顎前歯では、複数の論文から平均して2㎜ほどの歯根吸収が認められるようです。
この数字は平均値のため、人によってはほとんど歯根吸収が起こらないこともあったり、2㎜を超える歯根吸収が認められることもあります。
自然に治る?
吸収され短くなった歯根は、元に戻ることはありません。
歯列矯正が原因となる歯根吸収の進行は、動的治療(歯を動かす段階の治療)が終わり、保定に移行すれば止まることが確認されています。
原因は?
歯列矯正が原因となる歯根吸収では、いくつもの要素が関係しています。
この要素には、治療を受ける人が持つ要素と治療そのものによる要素とがあります。
まずは治療を受ける人が持つ要素です。
年齢
歯根が完成した永久歯列では、歯根吸収が起こりやすいことが複数の論文で報告されています。
研究により異なるため、具体的に何歳以上と言うことは難しいですが、歯根が完成している成人後の矯正では、歯根吸収の程度は大きくなりやすいようです。
歯根形態
人間の歯の根の形にはいくつものバリエーションがあります。
歯根の形態によって歯根吸収のしやすさは変わることが報告されており、短根歯では歯根吸収が起こりやすく、湾曲根管と呼ばれる形態では、正常形態の歯根より吸収が起こりづらいと言われています。
歯髓の有無
歯列矯正で移動する歯に神経(歯髓)があるか無いかによって、歯根吸収の起こりやすさは変わることが報告されています。
歯髓の無い歯は、歯髓のある歯に比べて歯根吸収の程度が半分ほどであるという結果が報告されています。
次に、治療そのものによる要素です。
強すぎる力
歯列矯正は歯に持続的に力をかけることで歯の移動を起こさせ、その移動をコントロールすることで歯並びや咬み合わせを改善させていきます。
歯の移動には適正な力があり、弱すぎると歯は動かず、強すぎると歯根吸収を起こすことがあります。
歯列矯正では歯を3次元的に移動させますが、移動の方向によっては比較的弱い力で済むものもあれば、強い力を要するものもあります。
歯を移動させる方向によっては、歯根吸収が起きやすくなることがあります。
jiggling movement(ジグリング・ムーブメント)
歯を揺らすような動きのことで、ゲーム機の方向レバーやスティックをぐりぐり回す動きのイメージです。
歯列矯正では歯が移動するなかで、外側(唇側/頬側)に動かされた後、今度は内側(舌側/口蓋側)に動かされるといったことが何度もあるとjiggling movementとなり、歯根吸収が起こる原因になります。
歯根の移動量
矯正治療のなかで、歯ひとつひとつがどれだけの距離を移動するかによって、歯根吸収の起こる確率や吸収の程度に影響します。
歯列矯正では歯を平行に動かしていくこと(歯体移動)が多くありますが、このとき歯はそのまま平行移動するわけではありません。
歯体移動が起こるとき、まずはじめに歯はこれから動く方向に傾斜します(傾斜移動)。ある程度傾斜したらまた元の向きに戻ろうと動きます(整直)。このとき歯は元あった位置から少し動き、結果として平行に動いているように見えます。
歯体移動は、この傾斜移動→整直の繰り返しのため、移動距離が多くなると歯根は何度も揺さぶられることになり、歯根吸収を起こしやすくなります。
上顎前突
いわゆる出っ歯の矯正治療では、歯根吸収が起きやすいという報告がされています。
上顎前突の治療の場合、上顎の前歯を大きく移動させる必要があることが多く、歯にかかる力が大きく、移動距離も大きくなる傾向にあることから歯根吸収が起きやすくなると考えられています。
矯正装置による差は?
海外のものですが、ワイヤー矯正とインビザラインなどのマウスピース矯正とで歯根吸収について比較した研究があります。
一定の条件のもとでは、マウスピース矯正の方が歯根吸収の程度が少なかったという報告がされています。
これらの研究は海外のものであるため、ワイヤー矯正のシステムが日本国内で一般的なものではないなどの注意が必要ですが、マウスピース矯正では歯根吸収を抑えて治療できる可能性があるとも言えます。
歯根吸収の症状
歯根吸収が起こってもほとんどの場合、症状はありません。
歯根吸収が重度の場合には歯の動揺が生じることがありますが、歯列矯正が原因の歯根吸収では稀です。
歯根吸収の治療
歯根吸収が起きたら、どのような治療をするのでしょうか?
経過観察
歯列矯正による歯根吸収が起きても、何か処置をすることは基本的にはありません。
動的治療が終了すれば歯根吸収は止まるため、臨床的に問題ない範囲のものであれば経過観察とします。
抜髓(歯髓の除去)
歯列矯正から起こる歯根吸収ではきわめて稀ですが、これまでに歯の打撲や脱臼、破折などの外傷を受けたことがある場合、歯の内側から歯根吸収が起こること(内部吸収)があります。
内部吸収が発見された場合は、その進行を食い止めるために抜髓処置が必要になります。
抜歯
歯の動揺がみられる重度の歯根吸収をきたした場合、抜歯が必要になることがあります。歯列矯正による歯根吸収で、抜歯が必要になるほどのケースはきわめて稀です。
【まとめ】矯正治療における歯根吸収のリスクとは?その症状と治療法も解説
矯正治療で歯根吸収が起きやすいケースや症状、治療法などを解説しました。
この記事では、下記のようなことが分かったのではないでしょうか。
ここがポイント!
- 歯根吸収とは、歯根が正常な状態よりも短くなることをいう場合が多い
- 歯列矯正で歯根吸収が起きる確率は80%
- 歯根吸収は特に上下の前歯部に起きやすく、上顎前歯では平均して2㎜ほどの歯根吸収が認められる
- 短くなった歯根は自然治癒しないが、保定に移行すれば進行は止まる
- 歯列矯正における歯根吸収では、年齢、歯根形態、歯髄の有無、歯にかかる力の強さや移動方向、歯根の移動量、上顎前突、装置の種類などが影響する
- 歯根吸収の症状はほとんどなく、歯列矯正で歯の動揺が生じるほどの重度の歯根吸収が起きることは稀
- 歯列矯正による歯根吸収では、臨床上問題がなければ経過観察のみだが、稀に症状に応じて抜髄や抜歯を行うこともある
歯根吸収は歯列矯正でよく見られる現象ですが、ほとんどの場合は症状もなく、問題になることもありません。
歯根吸収がどれくらい起こるかは、患者さん自身の条件と治療の条件で変わるため一概には言えませんが、心配しすぎることはありません。
歯列矯正時の歯根吸収が心配な方は、事前の診察にて当院の歯科医師へご相談ください。わかりやすく回答させていただきます。
参考文献
透明なアライナと固定電化製品による歯列矯正治療中の頂部根吸収の有病率と重症度:コーンビームコンピュータトモグラフィー研究
梶井抄織他. 成人矯正治療における上顎前歯の歯根吸収に関する臨床的研究. 北海道矯正歯科学会雑誌. 1997年, 25巻, 1号, p.61-68. https://www.jstage.jst.go.jp/article/dokyo/25/1/25_KJ00007361472/_article/-char/ja/, (参照 2021-10-01)