メタルフリー修復とは
現在の齲蝕症や外傷で破損した歯などに対する治療では、人工材料で歯の欠損部分を補う修復治療、補綴治療が行われています。
保険診療では、歯科用金属材料が多用されていますが、歯科用金属材料を使った修復治療、補綴治療にはさまざまな問題点があります。そこで、歯科用金属材料を一切用いない歯科治療として開発されたのが、メタルフリー修復です。
メタルフリー修復は金属材料を使用しないので、審美性も優れ、金属材料に伴うさまざまな問題点が生じない、優れた治療法として注目されています。
金属アレルギーとは
金属アレルギーとは、金属が原因となって生じるアレルギーです。アレルギーのタイプとしては、Ⅳ型の接触アレルギーに該当します。金属自体は生体に対して抗原を示さないので、金属がアレルゲン、すなわちアレルギーの原因物質になることはありません。
食物アレルギーや花粉アレルギーは、原因となる食べ物や花粉自体が抗原を示し、アレルゲンになります。金属から溶け出した金属イオンが体内のタンパク質と結合して、このタンパク質と結合した金属が免疫細胞を感作することで、アレルギー反応が起こると考えられています。
このように、金属アレルギーは通常のアレルギーと異なる特徴を持っています。
歯科用金属に対する金属アレルギーの症状としては、口腔粘膜炎、舌炎、掌蹠膿疱症、扁平苔癬などが挙げられます。
銀歯とは
銀歯は金銀パラジウム合金で作られた臼歯、すなわち奥歯の歯冠を被覆する鋳造冠です。金銀パラジウム合金は、銀50%、パラジウム20%を主成分としているため、銀色を呈していることが名称の由来です。
銀歯は、歯冠全体を被覆する全部鋳造冠と歯冠の一部を被覆する4/5冠があります。
歯冠部の崩壊が著しい臼歯、支台築造した失活歯、咬耗により歯冠長が短く脱離しやすい臼歯、ブリッジの支台歯、部分床義歯のクラスプをかける臼歯の治療などに用いられています。
保険診療の適応を受けていることもあり、臼歯部の歯冠修復法として銀歯は広く普及しています。
銀歯のデメリットとリスク
銀歯治療は保険適応なので安価に受けられますが、さまざまなデメリットやリスクをはらんだ治療でもあります。
審美性の悪さ
銀歯は金銀パラジウム合金で作られていますが、その主成分は銀です。主成分の銀を反映して、銀歯は銀色を呈しています。
天然歯と全く異なる金属色で、しかも光沢を伴う色調を呈しているため、審美性の点で著しく劣ります。
プラークの付着しやすさ
口腔内の唾液との反応により、金銀パラジウム合金で作られた銀歯は帯電し、静電気を帯びています。静電気を帯びることで、歯の健康上の問題となるプラークが付着しやすくなっています。プラークは時間が経つと石灰化し、歯石になり、新たにプラークの付着する土台となります。
銀歯はプラークが付着しやすく、プラークコントロールを悪化させるリスクを有しています。
二次カリエスの発症リスク
ストレプトコッカス・ミュータンスなどの齲蝕症の原因となる酸を産生するレンサ球菌は、プラークの中に潜んでいることが明らかになっています。
銀歯の表面はプラークが付着しやすい傾向があるので、銀歯のマージンと呼ばれる縁の部分を中心に、二次カリエスという齲蝕症の再発が生じやすいです。
歯周病の発症リスク
歯周病の原因も、プラークの中にいるさまざまな歯周病菌です。
銀歯はプラークが付着しやすいので、まず銀歯の周囲の歯肉が腫れる歯肉炎をしばしば発症します。歯肉炎がさらに進行すると歯周炎になり、歯の周囲の歯槽骨という歯を支える骨が吸収され、やがて歯が動揺を起こし、抜けてしまいます。
口臭
口臭の原因の大多数は、口腔内の細菌が作り出すガスによって起こります。口腔内の細菌が作り出すガスは数十種類ありますが、中でも酸素が少ない環境を好む嫌気性菌が生み出す揮発性硫黄化合物が口臭に大きく関係しています。
銀歯の周囲はプラークが付着しやすいので歯肉が腫れやすく、嫌気性菌にとって好環境です。このため、口臭が発症するリスクが高まります。
金属アレルギー
金属アレルギーは、金属が原因で生じるアレルギーです。
銀歯の成分は、銀・パラジウム・金・銅などですが、銅やパラジウムがアレルギーの原因であるアレルゲンになりやすい傾向が指摘されています。このため、銀歯は金属アレルギーの原因となるリスクがあります。
歯肉変色
銀が酸化した酸化銀の色調は、銀色ではなく黒色です。
銀歯から主成分である銀イオンが溶出し、歯肉に沈着すると酸化した銀イオンの影響を受け、歯肉が黒色に変色します。これをメタルタトゥーといいます。
疼痛や腫脹などの炎症所見はありませんが、銀歯に伴う歯肉変色症の一種として知られています。
歯の変色
銀歯から歯に銀イオンが溶出して歯に染み込むと、そこで銀イオンが酸化され歯が黒く染まってしまいます。
銀歯の内部で歯が変色しても目立ちませんが、歯根部分に変色域が拡大すると、歯肉退縮により歯根露出した際に目立つようになります。
掌蹠膿疱症
掌蹠膿疱症は、手のひらや足に無菌性の膿疱という水ぶくれが繰り返し生じる皮膚疾患です。原因はまだ完全に解明されているわけではありませんが、歯科治療で使われる金属材料による金属アレルギーも疑われています。
銀歯は金属アレルギーの原因になり得ますので、掌蹠膿疱症の発症に関係するリスク要因となります。
扁平苔癬
扁平苔癬は皮膚や口腔粘膜に生じる炎症性の疾患で、細胞の角化が過剰に進んでいるのが特徴です。口腔内では頬粘膜に生じやすく、粘膜が白く変色し、その周囲に発赤を認めることが多いです。原因は不明ですが、遺伝や金属アレルギー、薬物アレルギー、粘膜への過度な刺激などが考えられています。
銀歯は金属アレルギーの原因のひとつなので、扁平苔癬の原因になるリスクがあります。
ガルバニー電流
ガルバニー電流とは、歯科治療で用いられた異なる種類の金属間で唾液が電解質となって発生する電流のことです。アルミホイルを噛んでも発生するため、ガルバニー電流を経験したことのある方も多いと思われます。
口腔内に異なる素材の銀歯が装着されていると、ガルバニー電流が発生するリスクがあります。
咬合関係の変化
金属には、圧力を受けると原子配列が変化し形態が変形する性質があります。これを塑性変形といいます。
銀歯も金属なので咬合圧を受け続けると、塑性変形を起こします。すると、対合歯との咬合関係が装着当時と変化してしまうリスクが生じます。
メタルフリーの目的
歯科用金属材料を使わないメタルフリー修復は、どのような目的で行われる治療なのでしょうか。
審美性の改善
メタルフリー修復の第一の目的として挙げられるのが、審美性の改善です。
光沢を帯びた金属色の銀歯ではなく、天然歯に近似した光沢感や色調をもつクラウンを用いることで、天然歯に似た外見が獲得できるので、治療後の審美性が改善されます。
金属アレルギーの解消
メタルフリー修復では、歯科用金属材料を一切使いません。そのため、歯科用金属がアレルゲンとなっている金属アレルギーのある方も、金属アレルギーを起こすことがありません。
金属アレルギーのリスクをなくすことも、メタルフリー修復の目的です。
プラークコントロールの改善
メタルフリー修復では、セラミック系の歯科材料がよく用いられます。
セラミック系材料は電荷を帯びないので、プラークが付着しにくいという利点を持っています。
プラークがつきにくいので、プラークコントロールを改善しやすくすることもメタルフリー修復の目的のひとつです。
齲蝕症や歯周病のリスクの低減
メタルフリー修復を受けると、プラークコントロールが容易になります。プラークは齲蝕症や歯周病の原因となるものですので、プラークコントロールが容易になると、齲蝕症や歯周病になるリスクも低く抑えられます。
齲蝕症や歯周病などの歯の病気のリスクを低減させるのも、メタルフリー修復の目的です。
口臭の解消
メタルフリー修復では、口臭の原因となる細菌が潜むプラークが付着しにくいです。このため、プラークから発生する口臭を抑えることができます。
口臭を防ぎ、社会生活を快適に送れるようにするのも、メタルフリー修復の目的です。
歯肉変色症の予防
メタルタトゥーと呼ばれる歯肉変色症の原因は、銀歯などの金属材料からの金属イオンの溶出です。メタルフリー修復なら金属材料を使わないため、金属イオンの溶出そのものが起こらないのでメタルタトゥーは生じません。
メタルタトゥーによる審美性の低下をなくすことも、メタルフリー修復の目的のひとつです。
歯の変色の予防
銀歯などの金属材料から金属イオンが歯質に溶出すると、歯そのものも黒く変色します。
メタルフリー修復であれば、歯への金属イオンの溶出が起こりませんから、歯の変色も予防できます。歯の審美性を守ることにもなるので、歯の変色予防もメタルフリー修復の目的に含まれます。
掌蹠膿疱症や扁平苔癬のリスクを減らす
掌蹠膿疱症や扁平苔癬は、原因の特定ができていませんが、金属アレルギーとの関連性が疑われています。
メタルフリー修復なら金属材料を使用しないので、金属アレルギーによる掌蹠膿疱症や扁平苔癬の発症リスクが生じません。掌蹠膿疱症や扁平苔癬のリスクを抑えるのも、メタルフリー修復の目的のひとつです。
メタルフリー修復に用いられる素材
現在、金属以外の歯科材料としてセラミック系やプラスチック系など、さまざまな材料が開発されています。
ポーセレン
ポーセレンは、歯の色調や光沢感に近似した審美性の高いセラミック材料で、18世紀ごろから歯科治療で利用されています。
強度が高くなく、咬合圧で破損しやすいのが難点です。そこでポーセレン単独で使うのではなく、ジルコニアを内面フレームとし、その外層にポーセレンを使うことでポーセレンの弱点を補っています。
ジルコニア
ジルコニアは、二酸化ジルコニウムで作られたセラミック材料です。
二酸化ジルコニウムは、人工ダイヤモンドという別名があるほど強度や透明度が高いのが特徴です。ポーセレンと比較すると、10倍以上も強度が高いです。
従来、ジルコニアは白色だったので、透明度が高くても天然歯の色調を完全に再現することはできませんでした。そこで、ジルコニアで内面フレームを作り、外層をポーセレンにしたジルコニア・オールセラミッククラウンが開発されました。
近年ではジルコニアの改良が進み、天然歯に近似した色調を備えたタイプも開発されています。
ニケイ酸リチウムガラス
ニケイ酸リチウムガラスは、ガラス系のセラミック材料です。
ガラス系ということで、光透過性が高いのが特徴です。このため、色調だけでなく天然歯のような光沢感を得ることができます。また、強度も高く、天然歯と同程度の強度を有しています。
グラスファイバー
グラスファイバーは、ファイバーポストに用いられる歯科材料です。
数μmのグラスファイバーを束ね、グラスファイバーの線維間にマトリックスレジンを浸透させて作られています。グラスファイバーの線維の方向を一方向に統一することで、破折しにくい強度と柔軟性を備えています。
コンポジットレジン
コンポジットレジンは、ベースレジンにフィラーという粉末成分を配合したプラスチック系の歯科材料です。
光沢感はほとんどありませんが、歯の色に近似した色調が特徴で使いやすいこともあり、歯科治療ではよく使われています。
コンポジットレジン(ハイブリッドタイプ)
フィラーにセラミックの微粒子を配合したコンポジットレジンです。
一般的なコントジットレジンと比べると、光沢感や色調が天然歯により近似しているうえ、材質自体も強くなっています。
メタルフリー修復法
現在行われているメタルフリー修復には、さまざまな種類があります。
ダイレクトボンディング
ダイレクトボンディングは、齲蝕を除去して形成した穴すなわち窩洞に、接着性のコンポジットレジンを充填する治療法です。
セラミックを配合したハイブリッドタイプのコンポジットレジンは、保険診療の適応外ですが、一般的なコンポジットレジンなら保険診療で受けられます。
インレーと異なり、保持形態が必要ないので歯の削除量を抑えられるうえ、治療も1日で完了する利点があります。
ジルコニア・オールセラミッククラウン
オールセラミッククラウンは、セラミック材料だけで作られた全部被覆冠(クラウン)です。ジルコニア・オールセラミッククラウンは、外層のポーセレンをジルコニアで作られた内面フレームで補強したオールセラミッククラウンです。
近年、色調にグラデーションを備え、天然歯に近似した色調のジルコニアが開発され、ポーセレンを使わない単一素材のジルコニア・オールセラミッククラウンも登場しています。
e-max
e-maxは、ニケイ酸リチウムガラスで作られたセラミッククラウンです。
ポーセレンを使わない単一素材のセラミッククラウンですが、ガラス系セラミックであるニケイ酸リチウムガラスの特徴により、天然歯のような光沢感を備えています。硬さも天然歯に近いので、対合歯を傷めるリスクもありません。
セラミックインレー
インレーとは主に臼歯部の主に咬合面のみ、もしくは咬合面と隣接面に限局した齲蝕症の治療に用いられる詰め物です。
インレーの素材をセラミックとしたものが、セラミックインレーです。ジルコニアで作られたタイプやニケイ酸リチウムガラスなどがあります。
インレーにセラミックを使うことで、天然歯に近似した審美性を得ることができます。
ポーセレンラミネートベニア
ポーセレンラミネートベニアは、前歯の表側である唇側面の色調と形態を改善するために薄いポーセレンを専用のセメントで接着する治療法です。
とても薄いポーセレンを接着するため、接着面積を広くとらなければならないだけでなく、エナメル質であることも求められます。加えて、歯並びは正常歯列であることが大原則で、傾斜したり、位置がずれたりした歯には使えません。
ノンプレップベニア
ノンプレップベニアは天然歯を削合せず、天然歯のエナメル質に薄いポーセレンを接着して、色調や形態を改善する治療法です。
歯を削合しないので、歯への侵襲が生じないのが利点です。一方、歯を削合しないので、厚みが生じ、少し歯が大きく見える可能性があるのが難点です。
ファイバーポストコア
ファイバーポストは、グラスファイバーで作られた支台築造物です。
支台築造物は、歯冠の大部分を喪失した歯など実質欠損の大きな歯に対し、クラウンなどの補綴物を装着するために歯根に装着するものです。
従来の主流だった金属で作られたメタルコアと比べ、歯根破折が起こりにくいうえ、光透過性を損なわないのが利点です。
CAD/CAM冠
CAD/CAM冠用材料と呼ばれる、ハイブリッドレジンブロックを使った歯冠補綴物です。ハイブリッドレジンブロックを歯科用CAD/CAMシステムを使って、削り出して製作します。
2014年4月に小臼歯部に限定する方式で、初めて保険適用となりました。そののち、適応範囲が順次拡大され、第一大臼歯や前歯部の歯冠補綴にも使えるようになっています。
CAD/CAMインレー
CAD/CAMインレーは歯科用CAD/CAMシステムを使って、CAD/CAM冠用材料から削り出して製作するインレーです。複雑窩洞という、隣接歯との接触面を含む窩洞に用いる場合に限り保険適応となっています。
メタルインレーと比べると、CAD/CAMインレーは物性の点で劣りますが、従来のレジンインレーと比較すると物性に優れ審美性も高いのが特徴です。
硬質レジンジャケットクラウン
硬質レジンジャケットクラウンは、歯冠用硬質レジンで製作されたクラウンで、保険診療の適応を受けています。硬質レジンで作られているので、咬耗や破損のリスクが高いのが難点です。
製作法の違いにより加熱重合型と光重合型の2種類ありますが、CAD/CAMクラウンの普及に伴い、あまり使われなくなっています。
レジンインレー
レジンインレーはコンポジットレジンで作られたインレーで、保険診療の適応を受けています。
金属製のインレーと比べると目立ちにくいのですが、耐久性に劣り、破損や脱落のリスクが高いのが難点です。
メタルフリー修復のよくある質問
セラミック系の歯科材料を使うメタルフリー修復は、保険診療の適応外です。
コンポジットレジン系の歯科材料を使う、CAD/CAM冠やレジンインレーなどのメタルフリー修復なら保険診療で受けられます。
保険診療のコンポジットレジンを使ったところは、時間の経過とともに少しずつ黄色みが勝ってきます。
セラミック系の材料を使ったメタルフリー修復なら変色することはなく、自然な色合いや艶がいつまでも保たれます。
セラミック系の材料は強度がとても高いので、すり減ったり、変形したりすることはありません。しかし、噛み合わせの力が強く加わると、破損することがあります。
噛み合わせの位置関係は時間とともに少しずつ変わるものなので、メタルフリー修復を受けた後は、定期的に噛み合わせの変化を歯科医院でチェックして、その都度調整を受けることが長持ちさせるためのポイントです。
銀歯や金属インレーを外し、セラミッククラウンやセラミックインレーに付け替えることができます。
したがって、以前金属材料で治療を受けた歯をメタルフリー修復に変えることは十分可能です。
歯の色は人によって違いますし、同じ人でも歯によって異なります。
このため、メタルフリー修復では非常に幅広い色が用意されていますので、たくさんある歯の色の中から最適な色を選んでいただけます。